ノカノワ

アユモドキはアユじゃない?

アユモドキとってどんな魚?

アユじゃなくてドジョウの仲間


2018年4月須磨海浜水族園(現在の 神戸須磨シーワールド)にて撮影

アユモドキは日本固有のコイ目ドジョウ科の淡水魚で、見た目や泳ぎ方がアユ(鮎)にちょっと似ていることから「アユ“もどき”」と呼ばれています。

写真を見る限り、どこがアユに似ているの?と思うかもしれません。
横から見るとまさにドジョウです。

実はアユモドキは、背中のシルエットと泳ぎ姿がアユっぽいんです。

昔の人が水面上から見た姿で名前を付けたから、近くで見れば「全然アユじゃないじゃん!」と思ってしまうんですね。

アユモドキは幼魚では体側に太いシマ模様がみられるのですが、私が撮影したアユモドキにはあまり見えにくいので大人なのかもしれません。

“〇〇モドキ”という和名は「そっくりさん」全般に使われる昔ながらのネーミングで、ほかにもテングハギのそっくりさん”テングハギモドキ”などがいます。

絶滅危惧種の淡水魚

アユモドキはもともと近畿地方と山陽地方にのみ生息する希少種でしたが、河川中・下流域や水田周辺の水路などに普通にみられる魚でした。

しかしその数は年々減少し、現在のアユモドキの生息地は、岡山県旭川、岡山県吉井川水系、亀岡市桂川水系の3地点のみです。

2003年には絶滅危惧IA類 に指定されました。これは環境省レッドデータブックで最も絶滅のレベルが高いランクです。

なんでアユモドキが少なくなったの?

【産卵できる「一時的水域」がほぼ消滅】

一時的水域とは、一年の内に限られた期間しか存在しない水域のことで、それまで陸地だった場所が雨季の増水によって冠水する地域を指し、主に氾濫原などにみられます。

ここは冠水直前まで陸地であったため、プランクトンが豊富 & 捕食者が少ない理想の産卵場所です。

以前は、一時的水域は各地にみられました。
ところが治水工事で川が直線化・護岸化され、増水してもすぐ排水。
水域が長く保てず 産卵場所ごと消失してしまいました。

人間が暮らしやすいように行ってきた対策は、結果的にアユモドキの産卵場所を消失させてしまったんですね。

【外来魚の食害】

オオクチバスやブルーギルといった外来魚の侵入による食害も理由の一つです。

このような肉食魚が侵入すると、小型で遊泳力の弱いアユモドキは食べられてしまいます。
外来魚が増えることは、鉢合わせてしまう機会も増えるということに。

【農業スタイルの変化】

農業の手法の変化による生息環境の変化も理由の一つです。

現在の農家では早稲(わせ)が一般的となっており、田植えの時期が早まっています。
用水の取り入れ・排水スケジュールが変わることで、昔ながらの冠水サイクルが崩壊してしまいます。

結果、産卵と成長のタイミングが合わず 繁殖が難しくなりました。

国による対策

指定・法令 内容
1977 国の天然記念物 文化財保護法の対象。捕獲禁止
2003 絶滅危惧IA類 環境省レッドデータブックで最上位ランク
2004 国内希少野生動植物種 種の保存法で取引・飼育も原則アウト
2015 IUCN CR 国際的にも「絶滅寸前」

なお、アユモドキを許可なく捕獲・殺傷すると、文化財保護法により5年以下の懲役若しくは禁固、または30万以下の罰金、種の保存法により5年以下の懲役、または500万以下の罰金の支払いが命じられます。

近畿最後の砦・京都府亀岡市

亀岡の田んぼ脇でひっそり息づく“小さなアユのそっくりさん”アユモドキ。

現在のアユモドキの生息地は、岡山県旭川、岡山県吉井川水系、亀岡市桂川水系の3地点のみですが、今回は私が住む近畿、京都府亀岡市の話を取り上げていきます。

なぜアユモドキは亀岡で生き残ったのでしょうか。

亀岡市でアユモドキが生き残った理由と生息地保護の必要性

亀岡市はかつて、たび重なる洪水で田んぼや河川敷が自然に水没し、アユモドキが卵を産みやすい「一時的水域」が広がる土地でしたが、治水工事が進むにつれ、こうした場所は徐々に減少していきました。

しかし、亀岡市は現在一般的となっている早稲ではなく、従来通り6月に田植えを行う品種を作付けしているため、アユモドキの繁殖期である6月に可動堰が立ち上がることで、人為的に氾濫原環境が作り出され、アユモドキの産卵・繁殖環境が守られてきました。

加えて、2008 年からは毎年、オオクチバスやブルーギルといった肉食外来魚の駆除も実施しています。

それでも個体数が伸び悩む主な要因は次の2つです。

・大雨が降ると、卵や仔稚魚が流されてしまう
・上流のため池などからオオクチバスなどが侵入し、アユモドキが食べられてしまう

現状、アユモドキの産卵は農業用取水堰に依存しており、堰がなければ繁殖環境そのものが成り立ちません。

人工的に氾濫原環境をつくりつつ、外来魚を継続的に排除する。
この二本柱を維持できるかどうかが、亀岡のアユモドキ存続のカギとなっています。

亀岡市おけるアユモドキの保護活動

京都府、および亀岡市では先ほど述べた法律等の保護に加え、さまざまな保護を実施しています。

動き ポイント
2002年 京都府レッドデータブックで絶滅寸前種 府内で最優先保護ターゲットに
2007年 保津川漁協が産卵場所を全面禁漁区化 釣り人による混獲を封じる
2008年 府の保存条例で「指定希少野生動植物種」 捕獲・飼育・販売すべて許可制
2008年〜 外来魚駆除活動 亀岡の生態系を守る
2009年〜 亀岡市保津地域アユモドキ保全協議会 発足 自治会・農家・企業・行政が横串連携
2019年 亀岡市が 「市の魚」に指定 自然環境のシンボルに

アユモドキの保全にかかわる調査や活動は、2003年にNPO法人「亀岡 人と自然のネットワーク」でアユモドキの保全活動が開始され、その後も「淀川水系アユモドキ連絡協議会」、「亀岡市アユモドキ生息環境保全回復研究会」、「亀岡市保津地域アユモドキ保全協議会」、「亀岡市アユモドキ緊急調査検討委員会」など、多くの協議会・委員会が設置されました。

2009年に発足された、保全活動の中心を担う「亀岡市保津地域アユモドキ保全協議会」は、地元自治会、土地改良区、農業・漁業・企業団体、環境保全団体、行政機関等で構成されており、総会・報告会などを開催し、アユモドキの保護増殖に係る事業計画などを協議しながら、団体間の連絡・調整などを行い、それぞれが主体的に保全活動、保全事業などを展開しています。

また、外来魚駆除活動や涸れた河川や周辺水路に取り残されたアユモドキの救出活動も行われています。
保全活動としては、文化庁、環境省、京都府、亀岡市などの助成・支援のなか、生息・繁殖環境の維持改善、水文操作時の救出活動、外来種駆除、密漁対策、河川改修時の対策などが行われてきました。

しかし、継続して保護活動を行っているが安定した個体数の増加は見られていないのが現状です。

おわりに

アユモドキのように、田んぼや用水路といった二次的な自然環境を頼りに生きる淡水魚は、私たちの暮らし方と切り離せません。

特にアユモドキは、
川 → 水路 → 水田 → 川へ戻る

といった具合に、成長段階ごとに異なる水域を行き来しながら一生を送ります。
こうした生活パターンは、昔ながらの 氾濫原と水田生態系がセットで残っていることが前提です。

しかし、現在の日本では、治水対策による圃場整備等により、このような条件を有する場所はほとんど失われてしまいました。

アユモドキはこの条件が奇跡的に満たされている岡山県旭川、岡山県吉井川水系、亀岡市桂川水系の3地点にしか現状生息しておらず、その3点地点でも絶滅が心配されており、保護活動が行われています。

アユモドキは、人間が手を入れた環境に適応してきたがゆえに、人間のサポートがないと生き残れない魚です。
開発と自然保護を両立させる取り組みを継続し、次世代にもその姿を残していけるよう、関心と協力を広げていきたいですね。

参考:亀岡市公式HP、環境省HP、渡辺勝敏(2016)近畿地方最後のアユモドキの危機と保全―予防原則と開発圧のはざまで,『日本生態学会誌』(66),p683-693、阿部司(2007) アユモドキ:存続のカギを握る繁殖場所の保全『魚類學雜誌』,54(2),p234-238、亀岡市「アユモドキ推定個体数の推移」、 渡辺勝敏,高橋洋編(2010)「淡水魚類地理の自然史―多様性と分化をめぐって」、環境省(2016)「二次的自然を主な生息環境とする淡水魚保全のための提言」、阿部司(2012) アユモドキ (Parabotia curta) の氾濫原環境への適応と繁殖場所の保全・復元,『応用生態工学』15(2),p243-248、京都府「アユモドキの救出活動」、岩田明久(2006)アユモドキの生存条件について水田農業の持つ意味(<特集>水田生態系の危機),『保全誌』,11(2),p133-141