ノカノワ

タネから見える農業のしくみ 〜F1種と固定種・在来種、その違いと未来〜

スーパーに並ぶ多くの野菜は、「F1種」と呼ばれる、収穫の効率や見た目の整いやすさを重視して品種改良されたタネから育てられています。

一方で、昔ながらに農家さんが自家採種を繰り返し、地域とともに守ってきた「固定種」や「在来種」と呼ばれるタネもあります。

同じ「トマト」や「ナス」という名前でも、タネの選び方ひとつで、育ち方も、味も、農業の姿までも変わってくるのです。

タネには大きく2つのタイプがある

  1. F1種(交配種)
    →効率よくたくさん収穫できるように品種改良されたタネ

  2. 固定種・在来種
    →代々受け継がれ、その土地に馴染んできた昔ながらのタネ

この違いが、農業の仕組み、収穫量、味、さらには生物多様性にまで影響しています。

F1種とは

F1種(エフワンしゅ) は「First Filial Generation」の略で、
異なる親どうしを掛け合わせてつくられた1代目の交配種です。

F1種の特徴

  • 形やサイズが揃いやすい

  • 収穫量が多く市場流通に向いている

  • 病気に強く、長持ちしやすい

  • 見た目がきれいで売りやすい

その結果、スーパーに並ぶ野菜の大部分はF1種が占めています。

ただし、F1種には次のような特徴もあります。

  • 翌年タネをまいても、同じ性質の野菜は育たない

  • 「雄性不稔(ゆうせいふねん)」という仕組みで、そもそもタネが採れない品種もある
    → 自家採種(前年に収穫した実からタネを採って、翌年まくこと)ができない

これらのことから、F1種の場合は基本的に毎年タネを買い続ける必要があります。

F1種のタネは、ホームセンターや園芸店、オンラインショップなどで広く販売されています。
市販の家庭菜園用のタネ袋の多くもF1種です。

こうしたF1種の多くは日本の種苗会社によって開発されていますが、実際の採種作業はコストや気候条件の関係で海外で行われることが多く、日本に輸入されて流通しています。

農林水産省の調査によると、国内で流通する野菜のタネの約90%以上が海外生産に依存しており、国内自給率は1割に満たないのが現状です。

豆知識

世界の野菜タネ市場は2024年時点で約132億ドル。2034年には約299億ドルに拡大する見込みで、大量流通に適したF1種の存在感は今後ますます強まると予測されています。

固定種と在来種とは

固定種は、長い時間をかけて同じ性質が安定的に受け継がれてきたタネのこと。
一方、在来種はその中でも、特定の地域で代々受け継がれてきた種を指します。

  • 固定種
    → 長い時間をかけて同じ性質を安定的に受け継ぐよう選抜されたタネ。
     地域を問わず全国で栽培されることも多く、比較的メジャーなものもあります。
     例:世界一トマト、金町小かぶ、千両なす

  • 在来種
    → 特定の地域で古くから自家採種され続け、その土地の風土に適応してきたタネ。
     同じ品種名でも地域ごとに性質が微妙に異なることがあります。
     例:九条ねぎ(京都)、加賀れんこん(石川)、大和まな(奈良)

固定種は全国区、在来種はローカル特化。
そう捉えるとわかりやすいです。

こうした固定種や在来種は、専門の種苗店や直売所、オンラインショップなどで手に入ります。
たとえば「グリーンマーケット」や「野口のタネ」など、固定種専門の種苗店は家庭菜園でも人気があります。

自然栽培との関係

自然栽培は、農薬も化学肥料も使わず、作物本来の力を活かす農法です。
そのため、その土地に馴染んだ固定種・在来種との相性が良いとされています。

ただし、自然栽培の現場でも以下のような理由からF1種を使う農家さんはいます。

  • 固定種が手に入りにくい

  • 市場で人気のある品種がF1種に多い

  • 病気への耐性がF1種の方が強い場合もある

とはいえ、F1種は農薬や化学肥料を前提に育種されていることが多く、自然栽培の条件下では本来の力を発揮しづらいこともあります。

タネが変える、味と香り

タネの違いは、収穫量や形だけでなく、味や香りにも直結します。

  • F1種の野菜
    → 形が整い、保存性も高いが、味や香りは比較的あっさり

  • 固定種・在来種の野菜
    → 見た目は不揃いでも、味が濃く香り豊かで“野菜本来の風味”を楽しめる

現代ではF1種の野菜しか食べたことがない人も多く、「本来の野菜の味」を知らないまま過ごしている人も少なくありません。

ここで知っておきたい「種苗法」のルール

2020年の改正種苗法により、登録品種の自家採種は原則禁止になりました。
違反すると罰則の対象になることもあります。

  • 登録品種(F1種・固定種どちらも含む) → 自家採種には許可が必要

  • 登録されていない固定種・在来種 → 自由に採種可能

この法律は新品種を開発した人の権利を守ることを目的としており、海外で無断栽培されるケースが増えたことが、改正の背景にあります。

そのため、自家採種には注意が必要です。
品種が登録されているかどうかは、農林水産省の「品種登録ホームページ」の「品種登録検索」で確認できます。

Q&A:タネにまつわる素朴な疑問

Q1. F1種でもおいしい野菜はありますか?

A. あります。たとえば「高糖度トマト」など、味を重視して改良されたF1種は人気です。

Q2. 固定種はなぜ減っているのですか?

A. F1種の方が収量が安定して市場ニーズに合うこと、種苗会社がF1種を中心に開発していること、
さらに小規模な種苗店の廃業や生産者の高齢化もあり、固定種の維持が難しくなっているためです。

Q3. F1種と固定種では値段も違うのですか?

A. 一般にF1種は安定供給されるため価格も手頃です。固定種や在来種は流通量が少なく、
希少性があるため割高になることもあります。

Q4. 固定種や在来種の野菜はどこで食べられますか?

A. 農家の直売所や地域の伝統野菜を扱う飲食店で出会えることがあります。
さらに、ノカノワで紹介している農家さんの中にも、固定種や在来種を使っている方が多くいます。

まとめ

  • F1種:効率・大量流通に特化したタネ。毎年購入が必要

  • 固定種・在来種:地域に根づいたタネ。味わいが濃く自家採種が可能

  • 自然栽培:固定種と相性が良いが、F1種を使う農家もいる

  • 種苗法:登録品種の自家採種は原則禁止。開発者の権利保護と海外流出防止が目的

野菜ひとつひとつの“命の始まり”であるタネ。
どんなタネを選ぶかで、育ち方も、味も、農業の未来も変わります。

野菜を手に取るとき、私たちは見た目や価格に目を向けがちです。
でも、その背景には「なぜそのタネをまいたのか」という物語があります。

タネの違いを知ることは、農業の仕組みや食べものとの関わりを見直すきっかけになります。
そして、その選択はこれからの食卓や農業の未来にもつながっていくのです。